Re:LIFEな日々 チョコミント味

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松坂大輔 投球フォームが変化した原因は!?現在の球速は!?元美人アナウンサーの嫁はさげまん!?

time 2016/10/10

松坂大輔 投球フォームが変化した原因は!?現在の球速は!?元美人アナウンサーの嫁はさげまん!?

平成の怪物

この言葉には、野球に興味が無くてもピンと来る人は多いはず。

松坂大輔

福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手だ。

2006年にメジャーと契約渡米、その後2014年に3年12億円という、破格の大型契約で日本球界に復帰している。

しかし、復帰後調子が上がらず、二軍生活が続いているが、あまりにも長すぎる不調に様々な声も。

そして、あの豪快なフォームから繰り出されていた速球も今や鳴りを潜めてしまった。

そんな怪物を追ってみる。

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「松坂世代」ということばも生まれ、社会現象に

超高校級の速球とスライダー

yokohamaやはり、記憶に強く残るのが高校時代ではないだろうか。

神宮大会・春のセンバツ・夏の甲子園・国体を制覇したことは大変な偉業である。

 

 

秋季横浜地区・秋季神奈川(計9試合)
秋季関東大会(3試合)
明治神宮(3試合)
春のセンバツ(5試合)
春季神奈川(5試合)
春季関東(4試合)
夏季神奈川(6試合)
夏の甲子園(6試合)
国体(3試合)

公式44戦で一度も負けなかったという不滅の記録を打ち立てた。

その戦績は漫画と言っても過言ではない。

15141b3e0140c5ec7fe12196b8963032それを成し遂げたのも、150キロの高校生とは思えない速球と鋭いスライダーであった。

その速球は、幼少期に習っていた剣道により背筋と手首が鍛えられた成果とも言われている。

当時「無敵艦隊」と言われた横浜高校の正真正銘のエースであった。

 

 

 

夏の甲子園

yjimage-12回戦では初戦でノーヒットノーランを達成した鹿児島実業の杉内投手(現  読売ジャイアンツ)との対戦で勝利。

YouTube : 横浜VS鹿実

 

yjimage準々決勝、上重聡(現  日本テレビアナウンサー)擁するPL学園との延長17回の死闘で250球を投げ完投勝利。

YouTube : 横浜vsPL学園

 

matuzaka2準決勝、寺本四郎(千葉ロッテ2006年引退)擁する明徳義塾では0-6の劣勢を8回裏からの大逆転。

YouTube : 1998年選手権 横浜高校 準々決勝~決勝

 

heisei_02-00-300x205決勝の京都成章戦では59年ぶり史上2人目となる決勝戦でのノーヒットノーラン達成という快挙。

YouTube : 横浜vs京都成章

 

非常にドラマチックな連覇達成であったことから「神がかり的なチーム」として称えられ、徐々に世間の注目を浴びるようになった。

51ept0ad5sl-_sx332_bo1204203200_特にPL学園との熱戦は、その後TV特集が組まれ、朝日新聞社から一冊の本(「ドキュメント横浜vsPL学園」)に纏められた。

この試合で松坂は1人で延長17回、250球を投げ抜き完投勝利を果たした。

当時、高校野球は最大で延長18回までとルールが定められていたが、松坂の熱投を見たファンから「延長18回制は長過ぎる」との意見が多数出たことにより、

2000年から延長15回制に短縮変更される事となった。

伝説の名勝負により高校野球の歴史が変わったのである。

プロ入り

 

0311998年の新人選手選択会議(ドラフト会議)で3球団から1位指名を受け、西武ライオンズが交渉権獲得、契約金1億円で西武へ入団。

プロ野球選手・松坂大輔の誕生である。

 

 

 

1999年4月7日、衝撃のプロデビュー

mqdefault前年パリーグ史上最多の年間四球を記録し選球眼の良さで知られた片岡篤史選手を155kmのストレートで三振。

YouTube : 松坂大輔、衝撃のプロデビュー戦(最速155km)

「リベンジ」で流行語大賞を受賞

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強気で負けず嫌いの彼が千葉ロッテマリーンズ戦で黒木知宏と投げ合い、0-2で惜敗。

敗戦したゲームのあとに「リベンジします」とインタビューで語った。

次のロッテ戦で再び黒木と投げ合い、1-0でプロ初完封を記録し言葉通りリベンジを果たした。

それ以来、リベンジは「復讐、仕返し」の意味で、巷でもさかんに使われた。

『怪物vs天才』の初対決

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松坂はこの試合で、当時5年連続首位打者を獲得していたイチローから3打席連続三振を奪ってみせた。

YouTube : 1999 松坂大輔 9 VS イチロー 3三振 初対決

 

 

五輪、WBCでも活躍!!

 

その後、プロだけでなく、五輪・WBCでも活躍し。

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シドニーオリンピック(2000) 4位

 

 

 

 

 

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アテネオリンピック(2004) 銅メダル

 

 

 

 

 

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第1回WBC(2006) 優勝

3勝を挙げ最優秀選手(MVP)に。

 

 

 

 

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第2回WBC(2009) 優勝 

2回目のWBCでも3勝を挙げ最優秀選手(MVP)に。

YouTube : WBC 日本Xキューバ戦 松坂大輔投手三振ショー

 

 

 

舞台はメジャーへ

2007年、メジャーリーガーに

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2006年オフにポスティングシステムが容認され、メジャー数球団が手を挙げ、破格の6年契約60億でレッドソックスと契約、メジャーリーガー・松坂大輔の誕生となる。

 

 

鮮烈なメジャーデビュー

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4月5日のカンザスシティ・ロイヤルズ戦でメジャー初先発し、7回を6安打1失点10奪三振の好投でメジャー初勝利を挙げる。

YouTube :メジャーデビュー戦 全10奪三振

 

イチローとメジャー初対決

matuzaka8本拠地フェンウェイ・パークでの初登板となった4月11日のシアトル・マリナーズ戦ではイチローとメジャー初対戦し躍動感のあるピッチングで4打数無安打に抑えた。
YouTube : 松坂大輔VSイチロー メジャー初対決!

 

2007 World Series  レッドソックスが王者に

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コロラド・ロッキーズとのワールドシリーズ第3戦で日本人史上初となるワールドシリーズでの先発を果たし、日本人初のワールドシリーズ勝利投手となる。

移籍1年目にしてワールドチャンピオンに貢献する健闘ぶり。

YouTube : レッドソックス優勝パレード

 

 

転機の3年目 ~ここから長いスランプが始まる~

img_9fcdbf9c02f415300ed17aa8dd18c822239266満を持して海を渡った1年目は15勝、2年目には18勝と期待通りの活躍をして、松坂のメジャー生活は順風満帆にみえた。

しかし、2009年レギュラーシーズン開幕後は2試合連続で打ち込まれ、右肩の疲労を理由に4月15日に故障者リスト入りする。

シーズンを通しては4勝6敗とプロ入り以降もっとも悪い成績に終わった。

この年の不振の原因について、シーズン終了後の記者会見で、この年のWBCの前から股関節を痛めていたことを告白し、GMのセオ・エプスタインに直接謝罪した。

2010年は故障者リスト入りもありながら好不調の激しいピッチングでかろうじて9勝をあげた。

トミー・ジョン手術を受ける

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2011年、4月末から右肘に張りが生じ、5月17日に故障者リスト入り、

6月にトミー・ジョン手術を受け約1年のリハビリ生活を余儀なくされる。

 

 

 

477日ぶりの勝利、メジャー通算50勝

matuzaka8-%e3%82%b3%e3%83%94%e3%83%bc2012年6月にメジャー復帰、7月3日には右僧帽筋を痛め故障者リスト入りするも、8月27日に再復帰し477日ぶりの勝利を挙げ日本人史上4人目のメジャー通算50勝目を達成する。

しかしその後白星を挙げることができず、シーズン最終登板となった10月3日のヤンキース戦では黒田博樹と投げ合うも7敗目を喫しシーズンを終え、10月29日にFAとなった。

インディアンズとマイナー契約

matuzaka92013年はインディアンズのマイナーで開幕を迎える。

レッドソックス時代の恩師、トニー・フランコナ監督のもとで再起をはかるも、

4月28日のポータケット戦に先発し、4回の先頭打者を迎えたところで左脇腹に異常を訴えて降板し故障者リスト入りする。

 

メッツで324日ぶりメジャー復帰、新スタイルを披露

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2013年8月22日にメッツとメジャー契約し9月14日のマーリンズとのダブルヘッダー第2試合に先発

カーブとシュートを軸とした新しい攻め方を披露し、7回2安打1失点に抑え、レッドソックスに所属した昨年8月27日のロイヤルズ戦以来の383日ぶりの白星を挙げた。

 

 

matuzaka11YouTube : 松坂 10奪三振

2014年は1月にメッツとマイナー契約を結び4月からはメジャー契約を結んだ。

先発、中継ぎ、抑えと様々な役割で活躍。

7月12日のマーリンズ戦では先発、今季最多の10奪三振するも白星にはならなかった。

最終的には先発としては9試合の登板で2勝3敗、リリーフとしては25試合の登板で1勝0敗1セーブだった。

 

日本球界に復帰したものの・・・

 

2014年の12月に3年12億円というビッグな契約で、ホークス・松坂が誕生、日本球界へ復帰となる。

しかし、2015年にオープン戦初登板後は体調を壊し離脱、8月には肘の手術を受ける。

現在は1軍の登板はもちろん、2軍での登板も思うようにできていない。

不調の原因は!?

20150312-00000005-wordleafs-01f806b85c08c5f989cbd9685a9e4edef二軍生活が長い。

YouTube : 松坂大輔投手・復活への決意

監督はゆっくり、慌てずにやってくれればいい、とも言っているが、そこはファンからすれば、大丈夫?と思ってしまうのは当然である。

手術の影響があるにしても、一体どうなんだろうか?

理由の一つに、投球フォームがある。

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松坂の投球フォームは、下半身の重心が低く粘りがあり体重移動がスムーズだと言われている。

西武時代の写真を見れば柔軟体操でストレッチをしているように見えるほど重心の低いフォームだ。

この重心の低いフォームの欠点は、踏み込んだ足や股関節に大きな負担がかかってしまうことにある。

日本のマウンドではやわらかい砂や土のため着地した踏み込み足が動き、足や股関節への衝撃は分散され負担が緩和される。

しかし、メジャー移籍からその様子が変わってきた。

メジャーのグラウンドは粘土のように固いと言われ、踏み込み足が動きにくい。

下半身を使う速球投手は、その動きが制限されてしまい踏み込んだ足や股関節への衝撃は分散されないのでかなり負担がかかる。

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〝郷にいれば郷に従え〟とコトワザにあるようにメジャーのマウンドに適応した投球術が求められるのだが、投手というのは、過去の栄光が華々しいほど、そのよき時代の投球にこだわるものである。

松坂は足や股関節にやさしい投球フォームに変えず、激しい衝撃に耐えれる股関節をつくるため、股関節に徐々に負荷をかけて鍛える新しいトレーニングを’08 年の冬から練習に取り入れていた。

ギリギリのところまで負荷をかけていくうちに、行き過ぎてしまい股関節を痛め、WBCに出場して症状を悪化させてしまった。

結果的に、足に無理がいき、バランスを失った状態で、肩、肘を酷使した結果、肘の故障、再建手術につながってしまったということなのである。

そして大リーグの固いマウンドに対応するために重心が高くなり手投げのようなフォームに変わり、彼の長所が殺され、いままでのような球速がでず、現在の不調につなっがている。

昨年、日本球界復帰を果たしたが今度は日本のマウンドに適応するため、踏み出す側の左足の膝が外側に折れる悪癖を治している最中だが、右肩の手術もあって右肘が上がらず、フォーム修正にもそれ相応の時間を要しているのだろう。

 

現在の球速は!?

 

プロデビュー戦でいきなり155km/hを記録し、怪物ルーキーぶりを見せつけた松坂。

2011年は肘にトミー・ジョン手術を受け、翌年の2012年は150km/hを超えるストレートの球速を計測している。

メジャー最終年の2014年は150km/hの球速を超え記録し、平均球速も145km/hを計測している。

松坂の最高球速と平均球速の推移は以下の通りである。

 

・メジャー1年目 (2007年) 最高球速 156.7km/h 平均球速 148.7km/h

・手術翌年 (2012年) 最高球速 151.2km/h 平均球速  147.3km/h

・メジャー最終年 (2014年) 最高球速 150.9km/h 平均球速 145.3km/h

 

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YouTube : ソフトバンク松坂大輔、ブランコを3球三振

2016年5月4日の対オリックス戦では、4回無失点で66球なげストレートの球速も144km/hを記録するなど復調の兆しが見える。

 

内助の功

 

shibata3スポーツ選手にとって、結婚とは一般人に比べて、その重要性は比較にならないくらい、大切なもの。

身体が資本であるから、その管理はやはり一人では大変だろう。

妻が夫を献身的に支えて活躍をサポートする“内助の功”

「内助の功」とは、その人たちの為にあるのではないかとも思う。

松坂もそれに漏れることはない。

2004年、兼ねてから噂のあった、6歳上の柴田倫世さんと結婚、現在は三人の子の父親である。

img_0奥さんは福岡出身の元アナウンサー

綺麗な人です。

度々、松坂の不調については、奥さんの話題がでてくる。

前述したように、プロの運動選手の体調管理は生半可ではできない。

奥さんがトレーナーの一人でもある。

しかし、松坂については単身赴任。

奥さんは教育熱心で「子供たちを国際舞台で活躍できる人間に育てたいの…」とメディアで話されることも。

そんなところが悪く言われる一つの要因になっているのではないだろうか。

フツーに考えたら

20130914185357一般のサラリーマンに置き換えれば当然のこと。

子供を育てる環境は、できるだけ変えたくはない。

教育のレベルも保ちたい。

最もは住み慣れた場所を離れるのは大変。

だから、お父さんだけが行く。

まぁ、そう簡単なことではないのだろうが、案外あたりまえのことでは?

 

そんなにヤワではない

 

いろいろ言われるのは、それだけ注目をされている証拠だろう。

おそらく、凡人には想像することのできないようなプレッシャーや、押しつぶされそうな不安を乗り越えてきている。

少しだけ不運が重なっているだけ。

それを跳ね返すだけの経験と力を、彼はきっと持っている。

「平成の怪物」は再び立ち上がり、バッタバッタと相手を倒していくと信じている。b9fe8_1424_25ab3bc6_6f71a623

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